日本风情文化–外国员工对日本公司的抱怨

核心提示:私がシンガポールで会社設立に携わったとき、「合弁会社の人とともに工場を見学し、品質管理の結果」「不動産会社を訪問、新しく借りる事務所の賃貸料などの契約書の詳細」な

   私がシンガポールで会社設立に携わったとき、「合弁会社の人とともに工場を見学し、品質管理の結果」「不動産会社を訪問、新しく借りる事務所の賃貸料などの契約書の詳細」など日々の業務を毎日、シンガポールと日本の上司にFAXと電話で報告していた。ところがシンガポールでは「そんな細かいことはいちいち報告しなくていい。君に任せる。困ったときだけ相談にきて」といわれた。しかし、日本本社からは相変わらず日々の報告書を要求された。そのうち報告書を書くのに1時間以上もかかり、まるで報告書を書くために仕事をしているような気分にもなってきた。

  我在参与新加坡成立公司的时候,“和合资公司的人一起去工场见习,看到品质管理的成果”“访问房产公司,查看新租借办公室的租金等合同细目”等每天的业务每天都用传真和电话向新加坡及日本的上司报告。然而,新加坡的人却告诉我“不用事无巨细都一一报告,反正交给你了,遇到困难的时候再来商量”。可是,日本总公司却依然要求每天提交报告。那时每天写报告就要花1个多小时,感觉我的工作简直像是为了写报告似的。
  27歳だった私は、不動産の物件を合弁会社のパートナーと勝手に決めていいのか不安だった。自分の責任にされるのは嫌だから、逐一報告していたのだ。それに対して、シンガポールの上司は「そんなことぐらい自分で決めてくれ、忙しいんだから」と、まだシンガポールに住み始めたばかりの私に決定権を次々に与えてきたのだ。もちろん大きなミスをしたらクビだろう。しかし、自分で判断できるということは、より真剣にビジネスに立ち向かえるということで、日本ではできない経験をさせてもらった。
  我27岁的时候,曾对是否该自作主张与合资公司的伙伴决定新公司办公地点感到很不安。由于担心承担责任,当时凡事都一一报告。对此,新加坡的上司却说“那种事情自己决定就好,我忙着呢”,于是不断把决定权下放给我这个初来乍到新加坡的人。犯了大错的话肯定会被解雇吧。不过,能够自己进行判断,使得在工作上更加认真,也体验到了在日本无法感受到的经历。
  日本人は信頼関係が築けてはじめて、少しずつ仕事を任せる傾向にある。そのうち、報告の義務を多少怠っても、文句を言われなくなる。しかし、中国など海外では、最初からある一定の仕事を完全に任せる傾向にある。
  日本人要在构筑信赖关系之后,才会一点一点把工作交给你。在这期间,只要多少怠慢了报告的义务,就不会再找你了。可是,在中国等外国,一开始就会把一些工作完全交给你。
  特に中国では、経済情勢がめまぐるしく変化している。国や省庁の政策もころころ変わる。チャンスはまさに今しかない。今即決しなければ商機を逃すのである。「本社に持ち帰って検討する」日本人は、その間にライバル社に抜かれてしまうのだ。
  尤其是在中国,经济情况日新月异。政府和部委的政策也时有变化。机会就在今天。不立马决定的话,就会贻误商机。声称“要带回总公司讨论”的日本人,在商讨的期间就被竞争对手超过了。
  日本人は時間よりも責任感やコンセンサスを重視し、中国人は責任感よりも商機のためのスピードを大事にするという違いのために、双方に誤解が生じる。
  比起时间,日本人更重视责任感和一致性,中国人则重视抓住商机的速度甚于责任感,由于这种差异,双方会产生误解。
  報告することは本当に大事か?
  日本企業の海外支社では、必ずといっていいほど現地のスタッフから苦情が出る。「日本の本社の決断を待たなければならないから商機を逃した」「現場でしかわからないのに。なぜ現場を知らない日本の本社で決定するのか」「決断に時間がかかりすぎる」。そして口をそろえて「ある一定の権限をゆだねて欲しい」と希望する。
  报告真的那么重要吗?
  日本企业在海外的分公司,几乎可说肯定会出现当地员工的抱怨。“等到日本的总公司做出决定,商机早没了”“像这种只有在现场才能决定的事情,为什么得由不在现场的日本总公司决定呢”“决定太花时间了”。然后都会众口一词的要求“希望能下放一定的权限”。
  確かに、中国をはじめ、多くの国では転職してきたばかりの社員に、すぐに仕事を任せる傾向がある。彼らが社内のシステムのことをよく知らないままに仕事上の判断をしたために、大きなミスになることもしばしばあるだろう。
  确实,以中国为首的众多国家都会立刻给刚转职过来的员工委派工作。由于他们是在还不了解公司内部结构的情况下对工作做出判断,大概也时常犯大错吧。
  しかし、いちいち細かいことまで報告することが、本当に必要なのだろうか? その理由は、実は責任問題になったときに自分の立場を守るためではないのか?もちろん、部下を守るためではないだろう。部下の失敗の責任を、日本の上司が本当に取るとも思えない。
  可是,事无巨细都要一一报告,这真的有必要吗?其理由不就是为了在问责的时候保护自己立场的手段吗?当然,这不是为了保护部下吧。我倒是不认为日本的上司会真正承担部下失败所造成的责任。
  部下を、仕事ができないと決め付け、信頼していないから報告させるのではないか。報告に費やす時間を無駄と感じたことはないのだろうか?
  不由分说的就认定部下工作做不好,由于不信任对方才让报告的,不是吗?大家没感到过用在报告上的时间是浪费吗?
  今後、雇用の流動化が促進することで、日本企業もこれまでのようなスタイルを維持することは難しくなっていくだろう。日本でも報告の簡素化や、責任を上司でなく個人に求める時代が来るかもしれない。
  今后,随着雇佣的流动化加速,日本企业维持至今的体制也将难以为继吧。日本可能也会迎来简化报告,以及撇开上司个人负责的时代吧。