靖江日语-日本风情文化–地震后日本人捐款数

核心提示:すべてを飲み込み、押し流してしまった津波。食料、生活用品等が乏しいなか避難所で苦しい生活をしいられている被災者たち。連日、そんな映像が繰り返しテレビで放送されてい

 すべてを飲み込み、押し流してしまった津波。食料、生活用品等が乏しいなか避難所で苦しい生活をしいられている被災者たち……。連日、そんな映像が繰り返しテレビで放送されています。

吞噬一切,冲走一切的大海啸。在食物、生活用品紧缺的避难所忍受着痛苦生活的灾民们……连日来,电视里反复播放这样的情景。

ニュースを見ているだけではなく、「自分も何かしたい!」と思っている人もいるはず。ですが何の知識もなく被災地へ赴(おもむ)いたり、個人が救援物資を送ったりすると現場を混乱させることにもなりかねません。確実に被災地の復興に役立てる方法は、やはり義援金を寄付することです。

应该有很多人认为,不能仅仅是看新闻,“自己也应该做些什么”吧。但是如果没有任何专业知识就只身赴灾区,送去个人筹集的救援物资的话有可能会给现场带来混乱。因此支援灾区复兴的可靠办法,果然还是捐款吧。

とは言え、各界著名人や大手企業のように数億円単位で寄付するなんて無理な話。それぞれの生活レベルにもよるとは思いますが、一般人はだいたいどれぐらいの金額を寄付しているのでしょうか。インターネット上には、次のような意見が書き込まれています。

话虽这样说,像各界名人、大型企业那样以亿元为单位捐款是天方夜谭。我认为捐款数额取决于由各人生活水平,那么一般民众大约都会捐多少钱呢?网友们在网上发表了如下意见:

「コンビニで買い物したら小銭は全部募金箱に入れている」
「日本赤十字社に5000円寄付しました。今はこれが限界です」
「コンビニでお釣りの30円を募金した」
「車に給油できるようになったら30万円寄付する」
「これまで小銭募金だけだったけれど、初めて3万円募金した」
「1万円募金した。これ以上は無理」
「1万円募金したよ!」
「学生だけど、とりあえず3000円赤十字社に寄付した」
「3000円寄付した。さすがにここまでの事態になると何かせずにいられない」
「小学生の息子が自分の貯金箱の中身を全部募金した。4500円ぐらい」
「手取り15万円だが1万円寄付する予定」

“在便利店买东西,会把零钱全都投进捐款箱。”
“向日本红十字会捐了5000日元,现在这已经是极限了。”
“在便利店把找零的30日元捐了出去。”
“如果现在能给车恢复供油的话,我就捐30万日元。”
“之前捐款一直都捐很少的零钱,这次是第一次捐了3万日元。”
“捐了1万日元,比这再多已经不可能了。”
“我捐了1万日元!”
“我是学生,暂且给红十字会捐款3000日元。”
“捐了3000日元,到底是事态发展成这个地步,不做些什么都于心不安。”
“还在上小学的儿子把存钱罐里的钱全都捐了,大约有4500日元吧。”
“我的收入是15万日元,准备捐1万日元。”

どうやら、5000円~1万円ほど寄付したという人が多数の模様。買い物をするたびにお釣りを寄付する小銭募金派も多いようです。その反面、「寄付する収入がない」や「就職活動中なのに計画停電でどこも雇ってくれない」、「給料未払いがあるのに募金なんてできない」なんて意見もちらほら。それぞれは少ない金額でも、集まれば大きな力に。無理のない範囲で復興支援の一翼を担(にな)いたいものです。

这样看来,捐款数额在5000~10000日元范围内的人占多数。购物的时候每次都把找零的钱捐出去的人貌似也不少。与此相对,也零星出现一些“收入里面没有可供捐款的部分”、“现在正在找工作,但是因为计划停电哪里都找不到”、“工资还没发呢,捐款实在无能为力。”之类的意见。即使每个人都捐得不多,汇聚起来就是很强的力量。我希望在力所能及的范围内为支援灾区复兴贡献一份力量。