靖江日语-精选中日文对照阅读 228 孤独

冬空を過ぎ去った一つの鳥のかげのように自分の前をちらりと通り過ぎただけでそのまま消え去るかと見えた一人のたびと、――その不安そうな姿は時が経つにつれていよいよ深くなる痕跡を菜穂子の上に印したのだった。

  その日、明が帰っていた後、彼女はいつまでも何かわけのわからない一種の後悔に似たものばかり感じ続けていた。

  何故あんなに相手にすげなくして、旅の途中にわざわざ立寄ってくれた者を心からの言葉一つ掛けてやれずに、帰らせてしまったのか、とその日の自分がいかにも大人気ないように思われたりした。そう思う今でさえ、彼女の内には、もし自分がその時素直に明に頭を上げてしまっていたら、ひょっとしてもう一度彼と出会うような事があった場合、そのとき自分はどんなに惨めな思いをしなければならないだろうと考えて、一方では思わず何かほっとしているような気持ちも無い訳ではなかった。

  菜穂子が今の孤独な自分がいかに惨めであるかを切実な問題として考えるようになったのは、本当にこの時からだといってよかった。彼女は、丁度病人が自分の衰弱を調べるためにその痩せさらばえた頬へ最初はおずおずと手をやってそれを優しく撫で出すように、自分の惨めさを徐々に自分の考えに浮べ始めた。

  孤独

  宛如一只掠过冬季天空飞鸟的影子一样,从自己的身前一晃又消失得无影无踪的一位游客–这种似乎不安的身姿随着时光的流逝,越来越清晰的印在了菜穗子的脑海里。

  那天,明离去之后,一种莫名其妙的似乎后悔的感觉一直缠绕着她。

  自己为什么那么无情,发自内心的话一句也没说就将一个旅途中特意来看自己的人打发走了呢?她觉得那天自己的行为真不像是成年人 的做法。可是即使持有这种想法的现在,每当想起那天如果坦率的向对方道歉的话,也许两个人又会再一次相逢,那时自己又将会感到多么的凄惨,因此,在其内心深处反倒有一种如释重负之感。

  也可以说,就是从那时起,菜穗子才作为一个切实的问题,考虑自己目前的孤独是多么的悲惨。她就像病人为了检查自己身体的衰弱一样,最初提心吊胆的用手轻轻的抚摸着那瘦削的面颊似的,将自己的凄惨的心情慢慢的浮现于自己的脑海里。

  別れ

  僕は美しい別れがないとは思わない。別れは美しく、甘美なものである。

  だが、それはある年月を経て、思い出した時の感情で、別れそのものの実態とは少し違うような気がする。

  年月というものは、すべてのものを美しくする。それは魔術師のように巧妙で、鮮やかである。

  …………

  それはまさしく、思い込むという言葉が当っている。年月の風化が、美しいものの過去をすりかえた。

  だが、別れの実態はそんな美しい物ではなかった。互いに傷つけあい、罵り合い、弱点をあばき合った。

  とことん、相手がぐうの音もでないほど、いじめつけて、そして自分も傷ついた。

  愛した人との別れは、美しいどころか、凄惨でさえあった。

  しかし、それはいいかえると、そうしなければ別れられなかった、ということでもある。

  そこまで追い詰めなければ別れられないほど、二人は愛し、憎みあっていた。

  僕は今でも、「君を愛しているから別れる」という台詞を信じられない。

  そういう論理は、女性にはあるかもしれないが、男にはまずない。例えば、恋人にあるぇんだんがあったとき、「君の幸せのために、僕は身を退く」ということを言う男がいる。

  また、「僕は君には価しない駄目なおとこだ。君は他のいい人がいるなら、その人のところに行っても仕方がない」という人もいる。

  こういう台詞を、僕は愛している男の言葉としては信じない。

  もしおとこが、相手の女性をとことん愛していれば、男はその女性を最後まで待っている。

  もちろん、人によって、表現に少し違いがあろうが、そんな簡単にあきらめたりはしない。

  その女性を離すまいとする、かなりの犠牲を払っても、その女性を引きとめようとする。

  恋とは、そんなにさっぱりと、ものわかりのいいものではない。

  いいどころか、むしろ独善的である。

  相手も、まわりの人も、誰も傷つけない愛などというものはない。それは、傷つけていないと思うだけで、どこかの部分で、他人を傷つけている。

  愛というのは所詮、利己的なものである。

  だから傷つけていい、という理屈はもちろん成り立たない。他人を傷つけるのはできる限り少なくしなければならない。

  だが、その事から相手のために譲ってもよいという理屈にはならない。

  分别

  我并不认为没有美好的分别。分别是一种美好、甜美之事。

  但是,我觉得这些只是经过几年的岁月流逝之后,在回想起时的一种感伤,而它跟分别的实际情形多少要有些差异。

  时光岁月可以将所有的事情变成美好的。

  它就像一个魔术师一样,既巧妙又鲜明。

  …………

  这的确可以用依据”深信不疑”来形容,岁月的风化将过去变得美好起来。然而,分别时的实际情景却并非那么美好。双方总是相互伤害、对骂、攻击对方的短处。将对方攻击的连一句话都说不出来,同时,自己也受到了伤害。

  与相爱之人分手,非但不美好,甚至可以说是凄惨的。可是反过来说,这也是若非如此则难以分手之事。两个人之间既爱又恨,甚至到了不被逼到那种地步就无法分手的程度。

  至今,我也不能相信”因为我爱你才分手的”这句台词。 这种情况在女性中也许存在,可是在男性中却不可能存在。例如,当自己的恋人又有人给其介绍朋友时,有的男子则说”为了你的幸福,我可以抽身而退。”此外,也有人说:”我是一个配不上你的没出息的人,若是另有合适的人,你即使投入别人的怀抱,我也无话可说。”

  我不想学者是一个热恋对方的男子所说的话。如果这个男子真心真意爱自己女友的话,那么那就会执著到最后也不放弃。当然,人和人不一样,多少也会有差异,但都不会那么坚定的放弃。他们为了不让对方离开自己,哪怕是花的大量的牺牲,也要将那位女友留住。

  恋爱并非是那样干净利落、通情达理之事。非但不通情达理,反而可以说是自以为是的。既不伤害对方,又不伤害到周围的人,连任何人都不伤害的爱情是不存在的。那只是你没有意识到伤害了他人,而肯定会在某一方面而有所伤害。

  爱情这东西,归根到底还是自私的。

当然,因此就可以伤害别人的道理也是不成立的。必须尽量减少伤害他人的程度。然而,也没有为此就可以为了对方而拱手相让的道理。